ひきこもりの暇つぶし

全力でインドア派

森博嗣『孤独の価値』を読んだ

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photo by ashley rose,

先日、吉本隆明氏の『ひきこもれ』から、一人の時間の大切さに関する記事を書きました。

小説『すべてがFになる』で有名な森博嗣氏の『孤独の価値』から、今回も一人でいることの大切さを紹介します。

 人は「本能」を「思考」によって抑えることができる

人間の社会がここまで発展を遂げたのは、本能よりも「思考」を重視したからだ。本能というのは、つまりは「欲望」である。なんだか理由はよくわからないけれど、どうしてもそれをしたくなってしまう、というものに対して、「思考」によってそれらを抑制することが人間の人間たる部分ではないだろうか。

本能に逆らうように生きることが、人間の価値なのではないかと森氏は述べています。孤独について考えるときもまた人間的なのではないかという点から、この本の議論は始まります。

「寂しさ」と「楽しさ」

「寂しいことは、良くないことだ。」と、考えてしまう人もいるのではないでしょうか。森氏によると、それは思い込みが原因かもしれないのだそう。

そもそも「楽しさ」と「寂しさ」というのは、光と影であって、どちらかだけが存在するものではない、ということが、自分や他者の観察からわかってくるはずである。それは、波のように揺れを繰り返す運動の上のピークと下のピークでしかない。

 楽しいと感じるのは、寂しさを知っているからということです。

「いけない」というのも、「良い」状態へのジャンプのために屈んでいる瞬間なのであって、多少の苦労というか面倒はつきものだ。

 孤独の価値

たとえば、偉大な科学者や数学者を思い浮かべてもらいたい。彼らの人生において、物理学や数学は自分を活かす場(現実)だった。そこでの個人的な思考は、まさにエキサイティングであり、一般人には経験することができないほど、大きな楽しみがあったはずである。(中略)

そこには、「他者」というものが必要ない。自分一人だけの「静けさ」の中にある感動であって、人間だけが到達できる「幸せ」だと確信できる。

なにかにハマった経験のある人にとって、これは共感できるのではないでしょうか。たった一人で、誰にも邪魔をされない環境でなにかを成し遂げたときの高揚感は「孤独」だからこそ感じることのできる価値です。

ものを発想する、創作するという作業はあくまでも個人的な活動であって、それには、「孤独」が絶対に必要である。わいわいがやがやとやっている時間から生まれるものもゼロではないが、そんな例外は、一人のときに悩み考えていた人が、その賑やかな場のリラクゼーションからふと思いつくアイデアである場合がほとんどだ。

ネットのやりすぎは孤独を遠ざける

「孤独」には、人間にしか感じることのできない価値があることがわかりました。しかし、現代社会では「孤独」の大切さが忘れられかけているのではないかと森氏は述べています。

個人の時間の中へ、ネットを通じて他者が割り込んでくる時代であり、常に「つながっている」というオンライン状態が、この貴重な孤独を遠ざけている構図が見える。

現代人は、あまりにも他者とつながりたがっている。人とつながることに必死だ。これは、つながることを売り物にする商売にのせられている結果である。金を払ってつながるのは、金を払って食べ続けるのと同じ。空腹は異常であって、食べ続けなければならない、と思い込まされているようなものだ。だから、現代人は「絆の肥満」になっているといっても良いだろう

「つながり」を必要以上に欲することで、「絆の肥満」状態だというのは興味深いですね。肥満であれば、ときどき断食をしてダイエットをするくらいがちょうどいいと森氏は述べています。「孤独」になることで、思考や行動が軽くなるでしょう。

 

孤独の価値 (幻冬舎新書)

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